【悪役イメージを吹きとばせ!】トヨタ1600GTは2000GTの正統派「兄弟車両」

発売期間1年、生産台数2,222台。レアなGT車「トヨタ1600GT」はトヨタ2000GTと同じ年の8月に販売開始されました。1600GTは発売前からレースで活躍した名車だったのですが、あることをきっかけに「悪役イメージ」までつきまとうことになります。今回、このちょっと不思議な名車について調べてみました。

トヨタ2000GTの弟「トヨタ1600GT」登場

1967年5月に2000GTを発売したトヨタは、その兄弟車両としてトヨタ1600GTを同じ年の8月に発売します。ベース車両は3代目コロナ2ドアハードトップ(後期型)。ボディ、サスペンション、ブレーキを強化していますが、ベースを意図したのか「コロG」や「コロナGT」とも呼ばれる車両です。後のライバルとなる初代「日産スカイラインGTR」と同様、一見するとファミリカー的に見えながら高い戦闘力を持つクルマでした。



ベース車両と1600GTの違いとは

写真は上が3代目コロナハードトップ、下が1600GTですが、外観上の相違としてフロントのフェンダー部分にはエンジン排熱用のエアアウトレットが装備され、サイドは砲弾型ミラーに変更、フェンダーアーチはコロナのものより大きくしているのがわかりますか? また、フロントのグリルとリアのクォーターピラーに七宝焼きでできたエンブレムが取り付けられています。このエンブレムはトヨタ2000GTにも取り付けられており、兄弟車としての証明になっているかのようです。カラーリングもコロナには無かった黄色をイメージカラーとしていて、その他には白・赤・銀色と派手な印象を与えるものが揃えられました。

内装は、スピードメーターの刻みを200km/h、タコメーターは7,000rpmからレッドゾーンとスポーツ利用を想定したコックピットにし、2000GTと同形のステアリング以外は、全体をブラックのみで統一しています。唯一、統一色から外れたステアリングホイールは2000GTが高級材を使用したのに対してプラスチックで同一デザインを製品化しています。

トヨタ1600GTの開発で輝いた「2000GT開発」のコンビネーション

搭載されるエンジン「9R型」は、コロナハードトップ(1600S)に使われたOHVツインキャブ「4R型」がベースになっていて、そのシリンダーブロックに対してヤマハ発動機がアルミニウム合金製DOHCヘッドに換装したものです。ここにも2000GTの兄弟として、同じような開発を想像させるコンビが組まれたのですね。このパワートレインにより110馬力、最高速度175km/hとし、価格はGT5で100万円、GT4(4速マニュアル搭載車)が96万円でした。なお、フロントシートと5速マニュアル搭載車(GT5)のミッションはトヨタ2000GTのトランスミッションが流用されています。実は、現在では「パーツ取り」のために1600GTから2000GTのために使用されていて、徐々に1600GTの完全な車両が減っている原因になっています。



レースで強さを見せつけ、そしてレースで「悪役」イメージをまとった

1600GTは、販売前からレースシーンに姿を見せていました。当時はトヨタ・RTXと名乗る、見慣れないコロナの改造車として見られていたのでしょう。さて、この「プロトタイプモデル」は1966年3月に日本グランプリの前座レースとして開催された「第4回クラブマンレース」に参戦し優勝しています。また、ハードトップ化したことでの空力性能の向上やDOHC化による出力向上、そして車体剛性の向上などで発売され「1600GT」とされた後も、いすゞベレットGTやブルーバードSSS、更にはフェアレディ2000を相手に活躍しました。

そして最大の見せ場であり、なんとなく1600GTのイメージを固定したのが、1969年開催のJAFグランプリです。このレースは日産スカイライン2000GTRのデビュー戦であり、「トヨタ vs. 日産」という図式もあって注目を浴びていました。とは言っても、このレースはJAFグランプリのメインレースではなく、サポートレースとして行われたツーリングカー・レースでした。ところが、メインレースよりも「GTRのデビュー戦」として熱い注目を浴びていたのは、こちらのれーすだったと言われています。さて、実際に「トヨタと日産の対決!」とは言え、実際には、新型車両スカイラインGTRに対し、1600GTは発売から既に2年、レース参戦から3年目のシーズン、また排気量も小さい1600GTには圧倒的不利という評価が多かったのです。しかし、トヨタ陣営んはギア設定などの改良を行い予選を上位独占で終え、そして本レースに進みます。本レースでも序盤は1600GTが上位を固めますが、途中からGTRが状況を打破、1位は1600GT、2位と3位をGTRという形成はGTR有利に変わります。ここで、1位車両の高橋晴邦はラインをブロックしながら、首位を死守し続けます。結果は高橋の1600GTがトップ完走、2位にGTRという結末を迎えるのです。ところが、ここで大きな逆転劇が起きてしまうのです。ゴール直後、日産陣営によって『高橋が走路妨害した』と抗議し、結果として日産の主張が認められてしまいます。このことで2位GTRが繰り上げ優勝、高橋晴邦は1周回原産で降着の3位に結果が変更されます。このことで「ヒール」感が1600GTにつきまとってしまったとも言われますし、ライバル陣営の抗議によってリザルトが変更されたことはレース自体にも悪印象を残してしまいました。

そして1600GTのワークスとしての出場はこのレースが最後のものとなりました。

ポルシェにリベンジすることが目標だった日産スカイラインGTR

では、勝利を納めた側、1600GTをヒールにするほどの期待を集めた初代GTRにも少し触れておきたいと思います。

開発は日産がプリンス自動車工業を買収する以前、1964年の第2回日本グランプリでポルシェ・カレラ904GTSと互角に闘いながら総合2位に終わったスカイラインGTSの後継として作られたクルマでした。エンジンは1965年に開発されたレーシングマシンR380のエンジン「GR8型」をベースに量産化したS20型を搭載しています。この時期のスカイラインは4ドアセダン、そして5ドアのステーションワゴンの2つのボディータイプしかなく、S20型を搭載できるロングノーズの2000GTが4ドアセダンだけだったため、外観はまるっきりのセダン、そしてエンジンはレーシングカー、R380のGR8型ベースのエンジンを搭載したクルマが生まれ出たのです。この時のキャッチコピーは先代となるプリンス・スカイライン2000GT-Bから引き継いだ「羊の皮を被った狼」。むしろ、このGTRのために作られたキャッチコピーと思われるほどピッタリの状態でした。

このGTR、排気系にステンレス製等長エキゾーストマニホールドを採用し、消音器の外殻が共有されれているものの、それ以外は排気を外部に開放するテールパイプまで完全に2本が分割指定います。また、トランスミッションは、全段ポルシェ式のサーボシンクロの常時噛合いギアが採用され、レースのために用意された3種類のギアパターンの中で、1速が最もローギアの5速クロスレシオが標準装備に、他の2パターンはスポーツオプションとされていました。1600GTと死闘を演じた前期型(PGC10型)では、クラッチケース、ギアケース、エクステンションに三分割されたA型を使っており、マイナーチェンジされたKPGC10型の後期からクラッチ・ギアケース、エクステンションに二分割されたB型に変更されています。

徹底した「走りのため」の装備選択

足まわりにはベース車両のスカイライン2000GTとの共用が多く見られ、サスペンションは2000GTと同じくフロントはストラット、リアはセミトレーリングアームが使われています。ただしGTRではスプリングやダンパーなどが強化されています。また、ブレーキも2000GTと同じフロントはディスク、リアにはリーディング・トレーリング式ドラムが採用されています。 ステアリングには、2000GTと同じリサーキュレーティングボール式が採用されましたが、ギア比は高め設定になっています。

インテリアは、基本的に普通のクルマよりも「充実しているもの」と普通のクルマよりも「撤去されたもの」か「思い切り簡素化したもの」に大別できます。まず、シートはフロントはドライバーシートもびナビゲーターシートはリクライニングなしの合皮張りバケット型、シートベルトはドライバーシートには三点式シートベルトが標準装備されていながら、ナビゲーターシートにはオプションとされています。それと同様にヘッドレストやサンバイザーがドライバーシート側には標準、ナビゲーターシート側ではオプションとなりました。また、ヒーター・ラジオ・時計・ドアポケットと快適性をもたらす装備も全てオプションと、徹底して軽量化、簡素化が図られているところがありますし、ドライバーがドライブをするために必要なものは充実しているのです。

総生産台数はPGC10型が832台、KPGC10型が1,197台と、国産車としては非常に抑えた台数となっています。

トヨタ1600GT、そしてGTRの諸元

【基本情報】
車種名:トヨタ1600GT
エンジン形式:9R型 水冷直列4気筒DOHC
総排気量:1,587cc
最高出力:110ps/6,200rpm
全長:4,125mm
全幅:1,565mm
全高:1,375mm
車両質量:1,035kg
ホイールベース:2,420mm 【参考情報】
車種名:日産スカイラインGTR(PGC10型)
エンジン形式:S20型 水冷直列6気筒DOHC
総排気量:1,989cc
最高出力:155PS/7,000rpm
全長:4,395mm
全幅:1,610mm
全高:1,385mm
車両質量:1,120kg
ホイールベース:2,640mm

子どもに夢を与えたパワフルな後継車たち

1600GTはただ単に生産を終了した訳ではありませんでした。このクルマには後継車両があったのです。それは「トヨタ・コロナマーク2・1900GSS」。コロナをベースに開発されたクルマが、後継車両はコロナマーク2というのも不思議な気がしますが、この1900GSSは少し変わった存在でした。

まず、このコロナマーク2は初代マーク2(マークX)ですが、1.9リットルと1.6リットルの2つのバリエーションの直列4気筒で1.9リットルは8R型エンジン(SOHC)が使われていました。ところが1900GSSには、10R型エンジンが搭載されます。とは言え、10Rは8RをDOHC化したエンジンですが、8Rでは100馬力だったものが、140馬力にまでパワーアップされ、最高速度は200km/hにまで達していました(後に8R-Gに改称されています)。この数値は、2000GTのMF10型が出した150馬力にも近く、SOHCながら1967年に発売されたダットサン・フェアレディ2000の145馬力に匹敵するものでした。このエンジンを搭載したことは、トヨタにとって戦闘力を持つクルマを保持する意志を示しているかのようです。 また、1900GSSは「グランド・スーパー・スポーツ」の略称ですが、トランスミッションには、「ポルシェ・タイプ」と呼ばれたシンクロミッション5速MTが搭載され、またこの時点でEFIが採用されています。また、オートドライブも用意されていたようですが、こちらは上り坂ではゆっくりと、下り坂では加速するという…まだ実用レベルと呼ぶには早い気がする試みも搭載されていました。

ちなみに、ウルトラマンA(エース)の「超獣攻撃隊」ことTACの専用車両「タックパンサー」は、1900GSSの後継車「2000GSS(RX21)」が使われています。こんなところにも夢を与える存在だったわけですね。

まとめ

1600GTは、生産開始からわずか一年で生産を終了。生産台数は2,222台と非常に希少な車両です。ただ、悪役イメージがついているせいか、時には同じ流用パーツを使っていることから、その部品取りとして2000GTのレストアなどに利用されているという話も聞きます。活躍した期間は短いながらも、人気車両に少しずつ手をいれることでスポーツ車両として全く違う味付け、活躍の仕方ができたというのは、その後のトヨタにとって大きな経験になったのではないでしょうか。できれば、1600GTがレストアを受け街なかを走っている姿がたまにでも見続けられれば、悪役イメージなど吹き飛んでくれると思うのです。