稀代の名車、メルセデス・ベンツ190Eを振り返る

190Eは、現在メルセデス・ベンツが販売しているCクラスの源流となるモデルです。1982年、メルセデス・ベンツはW201と呼ばれるコードネームの小型セダンを発売しました。世界中で注目を浴び、日本では代表グレードである190Eの名前で親しまれた、この小型セダンを振り返ります。

メルセデス・ベンツ 190E(W201)の歴史

1982年末、スペインで発表されたメルセデス・ベンツの新しい小型セダンは世界中から大きな驚きを持って迎えられました。それまでのベンツは、フラッグシップの「Sクラス」と、やや小型な「コンパクト」(現在のEクラス)の2種類を主とした展開で、あとは乱暴に言うならスポーツカーと商用車と軍用車のメーカーでした。そんなメルセデス・ベンツが、日本では小型車(5ナンバー)登録できる様な小さな自動車を発売するというのは、当時の自動車好きにとっては常識を覆す大異変だったのです。

W201というコードネームが振られたこの小型セダンを、メルセデス・ベンツは「190」と命名しました。当時のメルセデス・ベンツは排気量をそのままモデル名としていたのですが、この「190」は例外として、排気量に限らず「190」でした。これは従来の「コンパクト」のエントリーグレードであった「200」よりも更に小さいというメッセージ性が含まれていました。

日本に導入された「190」の多くは大半がガソリンのインジェクション仕様だったので、末尾にそれを示すEというアルファベットが追加された「190E」でした。そんなわけで、日本ではいつしか、ディーゼルエンジンのモデルも含めて「190E」と呼ばれることになりました。この記事でも190Eという表記を使います。

後年のCクラスへ続く新しい設計思想

190Eの設計思想は基本的に上位のベンツを縮小したものでした。丈夫な車体、泥で汚れても視認できるギザギザのついたテールランプ、誤操作を防止するギザギザのATのシフトパターン、重くてダルなステアリング、踏みごたえのあるアクセルとブレーキ…こういった部分は他の大きなベンツと何ら違う部分がありませんでした。

但し、単純に小さいだけではなく、190Eには2つの新機軸がありました。

1つは自動車全体の耐久性には関わらない部分で、樹脂部品を多用した車体設計です。この意図は軽量化と空力対策にありました。1979年に発表されていたSクラスでも既に軽量化は考慮されていましたが、本格的に着手したのは190Eがはじめてで、特に前期型の樹脂色そのままの一体型バンパーはフランスの実用小型車のような簡素な印象を与えます。

もう1つは新しい設計思想のリア・サスペンションでした。5リンク式のマルチリンクサスペンションは、190Eを皮切りに、メルセデス・ベンツでの標準的なサスペンション機構となり、またメーカーの垣根を超えて、マルチリンクサスペンションの設計思想は1990年代の基本形となりました。

21世紀に190Eを選ぶ意義とは?

190Eはバブル景気と相まって日本には溢れかえり、5ナンバー故に小ベンツと揶揄されたりしました。しかし、その本質は骨太な設計思想と21世紀に通用する新しい設計思想の融合で、メルセデス・ベンツが、21世紀を迎えるにあたって、自動車の在り方を世界に問うものだったと言えるでしょう。そして、実際に190Eの設計思想は、今日の多くの自動車に影響を与えています。

一方で1990年半ば以降の世界的な自動車業界再編に伴い、メルセデス・ベンツの自動車づくりも、それ以前から大きく変化しました。190Eは現在では、「最善か無か」という往年のメルセデス・ベンツの設計思想を体現した最後の世代のモデルのひとつとして、高く評価されています。



1983-1987 ベーシックな印象の強い前期型(190E/190E 2.3/190D 2.5)

190Eはモデルイヤーごとに細かな変更が続けられてきましたが、外見上は大きく前期型と後期型に分けることが出来ます。

このうち、前期型に相当するグループは1983年から1987年の途中まで販売されました。簡素なスタイリングと、ベーシックなエンジンとの組み合わせは、メルセデス・ベンツが190Eで目指したコンセプトを最も明確に体現していると言えるでしょう。

但し、ヤナセが190Eを日本へ導入したのは1985年以降のことでした。それ以前も並行輸入車として少数が輸入されていましたが、日本ではあまり生息していない年式となります。

ちなみに、この時期の190Eについて、日本の著名な自動車評論家である小林彰太郎氏(故人)はドイツにて試乗、同氏が編集長を務めていたカーグラフィック誌にて評価を掲載しています。その試乗記は2014年に出版された名作選に収録され、現在でも購入して読むことが出来ます。

小林彰太郎名作選 1962-1989 (CG BOOK)

190E前期型のボディタイプ

ボディタイプは4ドアセダンの1通りのみが設定されていました。前期型に限らず、190Eはモデルライフの最後まで、ステーションワゴンや2ドアクーペの設定がありませんでした。ユーザーからの要望は多く、これらのバリエーションは、後継となるCクラスでの実現することになります。

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190E前期型の主なグレード

190Eのグレードは仕向地によって異なりました。日本へは

・190E(直列4気筒ガソリンエンジンで1,995ccの標準モデル)
・190E(排気量を2,297ccに拡大したモデル)
・190D 2.5(直列5気筒のディーゼルエンジンを搭載したモデル)

などが導入されていましたが、この中では標準モデルの190Eと、ディーゼルエンジンの190D 2.5が、経済性を重視したグレードとして設定されていました。5ナンバー(小型車)として登録することができ、当時の税制で有利だった点から注目されました。

一方で、出力に余裕がある190E 2.3は少し上級志向を意図したグレードで、バランスの良さが評価されていたようです。以下のスペックでは190E 2.3について採り上げます。

190E 2.3のスペック

メルセデス・ベンツ 190E 2.3(参考値)

全長 4,450mm
全幅 1,689mm
全高 1,390mm
ホイールベース 2,665mm
トレッド 前/後 1,440mm/1,425mm
車両重量 1,260kg
乗車定員 5人

最小回転半径 5.0m

エンジン 直列4気筒SOHC8バルブ
排気量 2,297cc
圧縮比 9.0
最高出力 135PS / 5,100rpm
最大トルク 20.6kg-m / 3,500rpm
燃料タンク容量 55L

変速機 5MT / 4AT(機械式)
サスペンション前/後 マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ 185/55 R15

1987-1993 上級志向も強まった後期型(190E/190E 2.3/190D 2.5/190E 2.6)

1987年に外観を変更され、190Eは後期型へ移行します。主な識別点としては、当時のSクラスと同じ様な、車体の下部を取り囲む樹脂パネル、通称サッコ・プレート(サッコ・パネルとも呼ばれる、デザイナーのブルーノ・サッコの名前に由来)が装着されたことで、メルセデス・ベンツらしい風格が加わりました。

また、従来のエンジンラインアップに加え、直列6気筒のガソリンエンジンや、ターボ付きのディーゼルエンジンが追加され、上級志向が強まった年式となりました。

販売時期が日本のバブル景気と重なったため、日本で販売された190Eの殆どはこちらの後期型です。

190E後期型のボディタイプ

前期型と変わらず4ドアセダンのみのラインアップですが、直列6気筒モデルには「スポーツライン」と呼ばれる仕様が設定され、こちらはやや車高を落とし、純正のエアロパーツなどが取り付けられました。スポーツラインの真髄は専用のサスペンションにあったのですが、外観上も、これらのエアロパーツから判別することが可能です。

190E後期型の主なグレード

仕向地によって異なる190Eのグレード展開ですが、日本仕様では前期型に加えて

・190D 2.5 ターボ
・190E 2.6
・190E 2.6 スポーツライン

の3種類が追加されています。190D 2.5ターボは、これまでエントリーモデルという位置づけだったディーゼルエンジンにターボチャージャーを追加、経済性以外にパワフルさも獲得したモデルで、ドイツ本国では発売されず、日本や北米に向けたモデルだったと言われています。

2.6は、この時期に登場したW124型ミディアム・クラス(現在のEクラスの前身)にも搭載された新開発の直列6気筒エンジンで、この前の世代のベンツの直列6気筒エンジンが実用一徹な印象を持たれていたところから一転、回転のスムーズさが高く評価されるところとなりました。

190E 2.6のスペック

メルセデス・ベンツ 190E 2.6 スポーツライン
(参考値、一部日本仕様カタログ値と異なる場合があります)

全長 4,445mm
全幅 1,690mm
全高 1,355mm
ホイールベース 2,665mm
トレッド 前/後 1,445mm/1,430mm
車両重量 1,300kg
乗車定員 4人

最小回転半径 5.0m

エンジン 直列6気筒SOHC12バルブ
排気量 2,597cc
圧縮比 9.2
最高出力 165PS / 5,800rpm
最大トルク 23.0kg-m / 4,600rpm
燃料タンク容量 55L

変速機 4AT(機械式)
サスペンション前/後 マクファーソンストラット/マルチリンク
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ 205/55Z R15



1986-1993 異色のコスワースエンジン搭載モデル(190E 2.3-16/190E 2.5-16)

190Eの中には異色のモデルがあります。それが、この別枠で紹介する、エンジンのヘッドをコスワースが設計したエンジンを搭載したグループです。当時のメルセデス・ベンツは190Eに本格的なスポーツグレードの追加を行うことにしましたが、この際のエンジン開発を、イギリスのコスワースの手に委ねたのです。仮想敵はBMWのM3だったと言われており、当時から現在まで、M3に勝るとも劣らない、高い評価を受けています。

【ビデオ】若き日のアイルトン・セナが、メルセデス「190E 2.3-16」で戦ったレース – Autoblog 日本版
アイルトン・セナが1994年5月1日にF1サンマリノGPで起きた事故で早すぎる死を遂げてから、今年で20年。世界各地でこの伝説のレーサーを偲ぶ動きが広がる中、英の自動車メディア『XCAR』が若手時代のセナのレース映像を公開している。

jp.autoblog.com

190E コスワースエンジン搭載モデルのボディタイプ

コスワースのエンジンを搭載している190Eも、基本的には標準モデルと同じ4ドアセダン1種類の展開で、純正のリアスポイラーなどで識別することが出来ました。

ただ、ドイツツーリングカー選手権(DTM)に参戦するための認証を得るために、いわゆるホモロゲーションモデルとして、基本的にレースに出走するのと同じ仕様のボディを身にまとったタイプが限定台数で販売されています。サーキットでの高速走行を前提にしたエアロパーツや巨大なウィングを持つ迫力あるモデルですが、公道走行時は、シトロエンが開発したハイドロニューマチックを応用した車高調整機能を使って、少し車高を上げることも可能です。

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190E コスワースエンジン搭載モデルのグレード

当初は排気量2,297ccの190E 2.3-16が発売され、通常の190E 2.3と区別するために、末尾にハイフンとバルブ数を示す16という表記が追加されました。1988年には排気量を2,498ccに拡大した190E 2.5-16に置き換わっています。

エボリューションモデルは、190E 2.5-16をベースに作られ、エンジンのチューニングもより高出力なものとなっています。最初にEvolution I、次にEvolution IIがそれぞれ500台販売され、現在ではその希少性から高値で売買されています。

以下のスペックについては、コスワースエンジンを搭載した中では日本に最も多く輸入された190E 2.5-16について記載します。

190E コスワースエンジン搭載モデルのスペック

メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16
(参考値、一部日本仕様カタログ値と異なる場合があります)

全長 4,430mm
全幅 1,705mm
全高 1,360mm
ホイールベース 2,665mm
トレッド 前/後 1,445mm/1,430mm
車両重量 1,350kg
乗車定員 4人

最小回転半径 5.0m

エンジン 直列4気筒DOHC16バルブ
排気量 2,498cc
圧縮比 9.7
最高出力 200PS / 6,750rpm
最大トルク 24.5kg-m / 5,000rpm
燃料タンク容量 70L

変速機 4AT(機械式)
サスペンション前/後 マクファーソンストラット/マルチリンク(オートレベライザー付き)
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤ 205/55Z R15

中古車で190Eを買うなら190E 2.6がおすすめ

190Eの年代別の違いについて振り返ってきましたが、それでは2015年現在、中古車で190Eを買うなら何を選べば良いでしょうか?

一番新しくても20年以上が経過した古いモデルである190Eを中古で選ぶ場合、多くの方はある程度の知識を持った上で特定のグレードに絞り込んで探すケースが多いと考えられます。従って敢えてここでおすすめを提案しても、釈迦に説法になってしまうかもしれませんが、もし今回の記事ではじめて190Eに乗ってみることに興味を持たれて中古を考えてみようという方の場合は、まずは6気筒エンジンを搭載した190E 2.6をチェックされてみることをおすすめしてみます。

まず先に欠点に触れておきましょう。190E 2.6は、登場時点では最大でもディーゼルエンジンの5気筒までしか設定がなかった190Eに、直列6気筒エンジンを後から追加したグレードです。このM103型直列6気筒エンジンはそれほど大きなものではなかったのですが、それでも、特に直列4気筒のガソリンエンジンを積んだモデルに比べると、やや運転時に鼻先の重さを感じる傾向が指摘されています。加えて日本の税制では、自動車税の区分である2,500ccを超過してしまうので、毎年の自動車税の額も、カタログモデルの190Eの中では一番高い部類になります。

1993 Mercedes 190E 2.6 Limited Edition | CLASSIC CARS TODAY ONLINE
Seeing a 1993 190E 2.6 Limited Edition (foreground) and a standard 1993 190E 2.6 (background) next to each other, one can see the subtle exterior differences such as 8-hole aluminum wheels and a slightly lowered sport suspension.

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にも関わらず190E 2.6をおすすめする理由は2点あります。

まずは、この直列6気筒エンジンから得られる素晴らしいフィーリングです。2015年現在、直列6気筒エンジンはいろいろな理由から、乗用車での採用例が大幅に減っており、メルセデス・ベンツでも2000年を待たずに全廃されています。しかし最新のV型6気筒エンジンも尚、直列6気筒エンジンの回転の滑らかさには追いつけていません。

消耗品の定期交換を怠らなければ信頼性が高いと言われているメルセデス・ベンツですが、やはり年式的には予期せぬ維持費がかかる場合もあり、趣味車としての側面も強くなります。それならば、多少税金が高くとも、趣味性を重視して直列6気筒エンジンを選ぶことは有意義かと思います。

もうひとつが、意外にも部品代が直列4気筒モデルと逆転しつつあるということです。新車直後の部品代は当然、標準的な直列4気筒エンジンを積んだモデルの方が安かったはずなのですが、エンジン自体の生産数や、現在公道に生き残っている数との兼ね合いなどから、近年の部品供給事情は、190E 2.6の直列6気筒エンジンの方が、標準モデルの190Eや190E 2.3と比べても、充実しており、かつやや安い傾向が見られます。

これは一過性のことかもしれませんし、誤差範囲かもしれませんが、直列6気筒エンジンだからと維持費が跳ね上がることの危惧は、少なくともこの190Eについては、あまり深く考えなくて良いかと思います。

まとめ:2015年に190Eを振り返ると…

21世紀の自動車の基本形を定義したと言っても過言ではない190E、その功績と素晴らしさは評価しても評価し尽くせないかもしれません。

一方で生産中止から時間が経ち、単純に素晴らしい実用車という観点だけでは維持していくことが難しくなっている側面もあります。自動車税の割増は上昇する一方で、重量税の減免措置も受けられず、ベンツから供給される部品代も昨今は上昇する傾向にあります。逆風ばかりです。

それでも往年のベンツの哲学に触れたいと思うならば、190Eは一番の近道かもしれません。