初めて“カモメが飛んだ”メルセデスベンツ 300SLという車

“スポーツカー”と言われて思い浮かぶ車は人それぞれだと思いますが、私は真っ先にこの車が出てきます。レーシングカーとして製作された車ですが、その成功はアメリカの自動車ファンを虜にしたのでした。当時ニューヨークの輸入車ディーラーが1,000台の確定オーダーを条件にメルセデスを説得して市販車が誕生したという特異な車です。

製作された経緯

出典: https://ja.wikipedia.org/
カレラ・パナメリカーナ・メヒコでの300SL 名前の“300”は、メルセデスの伝統的な表示に習い、エンジンの排気量が3.0Lであることを表しています。“SL”=“Sport Leicht”で、軽量スポーツカー(英語のSport Light)という意味です。
元々は市販の予定は無く、ワークスチーム用のレーシングカーとして開発されました(コード:W194)。1952年の国際スポーツカーレースに投入された300SLは、数々の成功を収めました。中でも、“世界一過酷な公道レース”と呼ばれたカレラ・パナメリカーナ・メヒコでの優勝は、アメリカのスポーツカー愛好家たちに強い印象を与えたのです。

市販化の要望

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ガルウィングドアが美しいMercedes-Benz 300SL 市販する予定の無かった300SLでしたが、ニューヨークの輸入ディーラーMax Hoffman(マックス・ホフマン氏) はアメリカで売れると確信し、1,000台の確定注文を条件にダイムラー・ベンツ社を説得したのでした。かくして“公道版レーシングカー”となる量産版300SL(コード:W198)は、1954年2月のニューヨーク国際オートショーで発表されました。
6,820ドルという高額にも関わらず、人気車種となった300SLは、1957年5月までに1,400台のクーペモデルを送り出して生産終了となり、以後はロードスターモデルに移行されました。ロードスターの生産台数は1,858台とのことです。

ありがたくないニックネーム“Widowmaker”

レーシングカーとしても市販車としても多くの賞賛とともに受け入れられた300SLですが、一部の人からはおよそありがたくないニックネームで呼ばれていました。それは、多くのドライバーが交通事故死を遂げたためにつけられた、“Widowmaker”(=“未亡人製造機”)だったのです。



カモメが飛んだ“ガルウィングドア”

出典: https://ja.wikipedia.org/
まさにカモメのはばたき 300SLのドアは、ルーフ上にヒンジのある跳ね上げ式です。両方のドアを開放すると、カモメの翼のような形状ですのでガルウィングドアと呼ばれています。現在でも一部のスーパーカーが採用していますね。量販車としてガルウィングドアを採用したのは、この300SLが最初だと言われていますが、これは装飾としてデザインされた訳ではなく、構造上の制約から“仕方なく”ということのようです。 出典: http://www.rad-ab.com/
300SLの美しいスペースフレーム レーシングカーとして製作された300SLのシャシは、軽量化しながらも強度を確保をする目的で、細い鋼管を組み合わせたマルチチューブラー・スペースフレームを採用しています。この構造では上下のサイドメンバーが座席の脇を縦貫するため、ドア開口部の敷居にあたるサイドシルが高くなってしまいます。
そこで、レースでの最低限の乗り降りのために、上から飛び込むように使う、跳ね上げ式ドアを採用することになったのです。レース主催者からクレームがありましたが、メルセデスチーム監督のアルフレート・ノイバウアは「ドアは横開きに限るという決まりはない」と主張して承認されたという逸話があります。
当初のオリジナルでは、窓が跳ね上がるだけの開口で通常のドアを跨ぐよう乗り降りしていましたが、1952年のル・マン24時間レース出場時に、主催者から“事故時の救出に困難をきたす”というアドバイスを受けて開口部を拡大しました。
シャシ構造は市販型300SLも同じですので、ガルウィングドアはそのまま採用されました。秀逸なのは、ハンドルが乗降時にヒザにぶつからないように、前方に倒れる構造になっていることです。
当時の技術ではこのスペースで窓を開閉することはできず、室内はエンジンの熱が入り込んでかなり暑くなってしまったようです。リアウインドウにわずかな排熱用の機構がありますが、あまり機能しなかったそうです。加えて、当時はカーエアコンを自家用車に搭載するという考えがない時代でしたので、真夏の運転は過酷を極めたと言われています。
性能優先の純粋なスポーツカーで乗降性や快適性を重要視した設計ではないので、スカートやドレス姿の女性をエスコートする富裕層にとっては少なからず問題視されていたようです。
後のロードスターモデルでは、日常的な使用を考慮してフレームが再設計されました。ドアの形状・開閉方向が一般的なものとなって、窓も開閉できるようになりました。それでも鋼管スペースフレームに由来する開口部の狭さにより、乗り降りには多少の慣れが必要でした。 出典: http://www.automobilesdeluxe.tv/
300SLロードスター

日本における300SL

出典: http://blogs.yahoo.co.jp/nekome928/55685150.html
石原裕次郎記念館の300SL 日本でも300SLにお目にかかれる場所があります。小樽市にある“石原裕次郎記念館”です。裕次郎さんはこの300SLのオーナーでした。
裕次郎さんの愛車だった300SLは、とてもレアなモデルなんです。クーペモデル(ガルウィング)のヘッドライトは丸形なのですが、裕次郎さんのSLは縦に長いロードスターモデル用のヘッドライトが付いています。
これはロードスターがデビューした際に、複数のオーナーから「ロードスターモデル用のライトが欲しい」という要望があり、メルセデスベンツが取り替えに応じたからだと言われています。



まとめ

こんな素敵な車がこの世に存在したんですね。
少なからずレプリカも存在するようですが、ホンモノを知らない私はきっと見分けられないでしょう。
ちなみに、力道山さんも300SLを所有されていたそうですが、あまり情報がありませんでした。
ドイツから遠く離れた日本でも“手に入れたい!”と思う人がいたなんて、どんなに素晴らしい車だったのでしょう。
いつかホンモノに出逢いたいと思います。