多機能という名前を持つ珍車、フィアット・ムルティプラ

1950年代と1990年代、イタリアのフィアットはその歴史の中で、2回ムルティプラという名前のミニバンを作りました。全く姿形のことなる新旧ムルティプラに共通した精神はなんだったのか、まとめます。

フィアット・ムルティプラとミニバンの歴史との関わり方

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フィアットはムルティプラという名前の自動車を2回発売しました。そして、その両方がミニバンに分類される自動車です。

初代は1956年、正式な名称は「600ムルティプラ」と呼ばれ、1965年までの間、約10年間に渡って発売されました。その実用性や居住性は当時としては非常に高く、イタリアではタクシーとしても重宝されました。この記事のサムネイルも、初代のムルティプラのイラストです。

2台目は1998年、伝統ある名前を持ちつつも、ある種異様な外観を持つ自動車として登場、2010年まで発売されました。しかし外観はさておき、実用性や居住性の高さは頭ひとつ抜け出ていて、やはりイタリアではタクシーとして重宝されました。

2つのムルティプラは、いずれもミニバンの理想的な在り方を体現したと言うべきモデルでした。一方で生産中止後、直接の後継車が発売されずに終わってしまったという点も共通しています。何故ムルティプラは途絶えてしまったのでしょうか? 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/498838/

そもそもミニバンとは何なのか

沢山の人が乗せられ、物が積めることで人気のミニバン。近年の日本の新車販売では常に上位を占めるようになっています。

そもそもミニバンとは一体なんなのでしょうか? 沢山の人が乗れること? それとも沢山の物を積めること? 例えば電気自動車のテスラ・モデルSにはオプションでトランクに3列目のシートが用意されていて7人乗れますが、これはどう見てもミニバンではないですし、6人乗れて荷物沢山のハイエースも、やっぱりミニバンではありませんよね。

ミニバンの厳密な定義というのは存在しないのですが、一般には居住性を重視した車体形状であること、その一方で商用車ベースではなく最初から乗用車として設計されていることが条件として挙げられています。例えば日本のミニバンで代表的なアルファードやセレナ、ステップワゴンは、いずれも最初から居住性を重視して作られていて、一方で大重量の荷物を積むことを想定していないので、乗り心地は商用車よりも良いというわけです。

ではミニバンというジャンルの自動車は、一体いつ頃誕生したのでしょうか?

ミニバン近代史

実は近代ミニバンの歴史ははっきりとしていて、その発端は北米のクライスラーにありました。1970年代にヨーロッパ進出を目論んでいたクライスラーは、切り札として当時子会社だったフランスのマトラに、これまでの商用車ベースとは異なる、全く新しい多目的な乗用車の開発を行わせます。ところがクライスラーのヨーロッパ進出は失敗、このプロジェクトは宙に浮いてしまいました。

しかし同時期に、クライスラーにはフォード社長をクビになったリー・アイアコッカが会長として移籍、またマスタングの開発などを行った敏腕エンジニアのハロルド・スパーリックも同じくフォードをクビになってクライスラーに移籍してきます。彼らもまた、新しい多目的乗用車の夢を持ちながら、フォードでアイディアが受け入れられずに宙に浮いている状況でした。そんなわけでクライスラーでは多目的乗用車のプロジェクトがトントン拍子に進み、クライスラーは傘下のブランド、ダッジから1983年にミニバン「ボイジャー」を発売するのです。 出典: http://en.autowp.ru/chrysler/voyager/i/pictures/173875/
(画像はクライスラー仕様) 一方のマトラに残されたミニバンのプロジェクトは、クライスラー撤退後に最初に資本関係が出来たPSAプジョー・シトロエンからはソッポを向かれたものの、ライバルのルノーがこれに興味を示しました。ルノーは4(キャトル)で世界に先駆けてハッチバックを採用し、上級車の16(セーズ)でもこれを継承するなど、自動車の多目的性に古くから着目していたメーカーでした。ここに両社の思惑が結実して、両社の協業でヨーロッパ初のミニバン「エスパス」を誕生させるのです。ボイジャーが登場した翌年、1984年のことでした。

以来ミニバンのコンセプトは世界中に広がりました。そして今日、乗用車のスタンダードなカタチとして定着したというわけです。 出典: http://en.autowp.ru/renault/espace/i/pictures/143477/

歴史の影のミニバン、そのひとつがムルティプラ

ではボイジャーやエスパスよりも前に、商用車ではなく、最初から乗用車として設計されていた多目的乗用車が全くなかったのかというと、そんなことはありません。

今回ご紹介するムルティプラのうち、初代ムルティプラはそんな自動車の1台として登場したモデルでした。登場した1956年は、ボイジャーよりも四半世紀も前のことだったので、勿論ミニバンという言葉は当時はありませんでした。そこでフィアットは車種名で、その性格や魅力を示すことにしました。日本語で多様”という意味で英語ならMultipleに相当する一般的な単語Multiplaをそのまま車種名としたのです。

それではまずは、初代ムルティプラについて見ていきましょう。



早すぎたミニバン、初代600ムルティプラ(1956〜1965)

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初代ムルティプラは名前の通り、フィアット「600(セイチェント)」の派生車種として誕生しました。600とは当時のフィアットの小型車で、映画「カリオストロの城」以来ルパン三世の愛車としても馴染み深い、「500(チンクエチェント)」のお兄さん筋にあたるモデルで、発売開始は500よりも早い1955年のことでした。実はこの600、戦前に製造されていて、ハリネズミを意味するトリポーノという愛称で親しまれた初代500の実質的後継車なのです。この詳しい経緯はGOINの500の記事を是非御覧ください。 子どもの頃大好きだったアニメ“ルパン三世“。当初は赤いジャケットを着て、メルセデスSSK(エンジンはフェラーリだったそうです)に乗っていましたが、2期目からは青いジャケットを羽織り、フィアット500を乗り回していました。映画カリオストロの城で定着した感がありますね。世紀の大泥棒が選んだこの車をすみからすみまで大解剖! そして1956年、600の派生車種として、本題のムルティプラが登場したのです。開発を担当したのは、戦前からフィアットで自動車の開発を行っていたエンジニア、ダンテ・ジアコーサでした。後に「ジアコーサ式」と呼ばれる前輪駆動の世界的なスタンダードを作り上げて歴史に名を残したジアコーサでしたが、ムルティプラ開発ではパッケージングでも、その才能を遺憾なく発揮しています。

ジアコーサはムルティプラの開発に当たって乗員の位置を大きく前に寄せて、600とは異なる3列シート分の室内空間を確保しました。一方でエンジン周りの設計は、元の600のものを引き継いでいます。ボディ後半部の設計も、600の設計を継承していると言われています。また重量の増加に伴ってフロントサスペンションは上級車のフィアット1100から流用しました。

リアエンジンの実用車をベースに箱型の自動車を設計する手法自体は新しいものではなく、例えばフォルクスワーゲンは1950年にタイプ1(ビートル)をベースに、タイプ2(日本ではワーゲンバスなどの愛称で知られています)を設計しました。しかし商用を前提に大柄な箱型の車体を採用したタイプ2に対して、600ムルティプラは、ベース車の車体設計を残したという点で、特異性がありました。

結果として600ムルティプラの車高は2015年現在のコンパクトミニバンに近い1.58mに留まっており、1.9mを超えるタイプ2とは全く異なるコンセプトになりました。テールゲートは持たず、ドアはヒンジ式とされ、前後ドア共にドアヒンジはBピラーに集約されています。 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77269/pictures/d8osnq/
しかし、このような乗用車色の強い多目的車は、商用利用の上では不利でした。特にテールゲートを持たない構造は不便でした。

そのためフィアットは、商用車としては600ムルティプラをベースにしたトラックを発売する一方で、タイプ2のような純粋な商用設計車として、テールゲートやスライドドアなど、専用の車体を持つ600Tも発売することになります。

結局600が後継車の850に移行した際に、600ムルティプラと600Tの後継車は、商用を前提に設計された850Tに統合されました。そのため「乗用車ベースの多目的車」という600ムルティプラの歴史はここで一旦潰えてしまいます。

しかし、600ムルティプラの居住性の高さはイタリア国内で、特にタクシー事業者に注目され、生産中止後もタクシーとして広く使われました。

フィアット・600ムルティプラのボディタイプとグレード

フィアット・600ムルティプラのボディタイプは基本的にはワゴンボディの一種類でしたが、前述の通り、商用にボディ後半部をトラックの荷台としたり、そこに独立した荷室を架装した例も見られます。

基本形の乗用モデルの場合、3列シートの6人乗り以外に、2列シートの4〜5人乗りも設定されました。2列シートの場合はリアスペースの広大な空間が特徴で、また余裕があるためにシートも厚みのある、乗り心地の良いものが採用されていました。更に2列シートモデルの場合、前席と後席の背もたれを倒すことで、21世紀のミニバンのようなフルフラットシートを作り、ベッドとすることも出来たのです。

エンジンは基本的には1種類でしたが、ベース車の650の変更に伴い、年式が進むにつれて排気量は徐々に拡大されました。中にはアバルトがチューニングしたものもあったそうです。また後年になって、エンジンを載せ替える例も見られます。 出典: https://it.wikipedia.org/wiki/Fiat_600_Multipla

フィアット・600ムルティプラのスペック

ここでは1例として1959年モデルの600ムルティプラのスペックをご紹介します。登場時19馬力だった最高出力は、排気量拡大により29馬力に向上しています。 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77269/pictures/lar4k4/
全長 3,530mm
全幅 1,450mm
全高 1,580mm
ホイールベース 2,000mm
トレッド 前/後 1,230mm/1,154mm
車両重量 750kg
乗車定員 4〜6人

最小回転半径 4.35m(参考値)

エンジン 空冷水平対向2気筒OHV 4バルブ
排気量 767cc
ボアxストローク 63,5 x 62 mm
圧縮比 11.0
最高出力 18.4kW [29ps] / 4,800rpm
最大トルク 39.2Nm [4.0kg-m] / 2,800rpm(参考値)
燃料タンク容量 29L

変速機 4MT
サスペンション前/後 ダブル・ウィッシュボーン・コイル / ダイアゴナルスイングアクスル
ブレーキ前/後 ドラム / ドラム
タイヤ前/後 5.20-12

その精神をもう一度、2代目ムルティプラ(1998〜2010)

出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/473751/
2代目のムルティプラは1998年に全く新しいミニバンとして登場しました。

当時ヨーロッパでは1996年にルノーがメガーヌ・セニックを発売するなど、小型ミニバン市場が形成されつつありましたが、フィアットは既存のモデルの派生車種ではなく、全く新しいモデルとして新型ミニバンを開発し、これにムルティプラの名前を復活させました。

4mに満たない全長と1.9m近い横幅、前後2列ながら横に3人座ることで6人の定員を確保し、着脱可能な後席を取り外すと得られる広い荷室など、高い実用性と効率的なパッケージングもさることながら、ムルティプラで話題になったのは非常に個性的なデザインでした。

この奇抜なデザインは後年新生500や派生車種500Xも担当したロベルト・ジョリートによるもので、上下3段に配置された前照灯は、上から順番にハイビーム、ロービーム、フォグランプと機能が分けられています。このデザインはムルティプラは世界中で話題になり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)では1999年に企画展で展示した一方で、TIME誌は「世界で最も醜いクルマ50選」の1台として選定しました。

2003年には当時のフィアットの他の車種と共通したスクエアなフロントマスクに改められました。この際はフェリー料金が変わってしまう閾値である、全長4mを超えたことが惜しまれました。(日本仕様はナンバープレートの取り付けステーの影響で、車検証上の全長は前期型でも4mを超えていました) 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/509608/

有名自動車評論家や著名人も愛用、高級車専門店も高く評価

日本では前期モデル末期の2003年から正規輸入が開始されましたが、これに先立って並行輸入された個体も少なからずあったようです。中でも新潮社の雑誌「ENGINE」が長期テストに供した個体は、その後エンジニア出身の自動車評論家、笹目二朗氏が引き継ぎ、2014年末まで日常の足として使いました。走行距離は28万キロ以上に達しました。

個性的な俳優である阿部サダヲ氏も、ムルティプラを愛車として選んでいたことが知られています。

調布市のロールス・ロイスやベントレーを専門に取り扱う中古車店もムルティプラを評価、プレミアが付いた高級車に混ざってムルティプラがしばしば在庫にリストアップされています。

しかし、このあまりに特殊な成り立ちはフィアットの業績上必ずしも有利には働かず、2010年の生産終了後にムルティプラの名前は再び途絶えてしまうのです。

クルマのある風景 クルマのある風景(245)=ムルティプラ
笹目二朗氏のブログ

「ムルティプラ」も高速試乗|シーザー・ブログ
近日 ご納車の 「ムルティプラ」 最終チェックで 高速試乗テスト ムルティプラの 高速走行 安定性は バツグンです。 これから、磨きまくりです。

ameblo.jp

フィアット・2代目ムルティプラのボディタイプとグレード

ボディタイプは1通りでしたが、後期型は日本では「ニュームルティプラ」として販売されており、名称は区別されています。

グレードやエンジンの仕様はは本国では複数設定されていましたが、日本では基本装備が充実したELXを基本として、時期によっては電動デュアルサンルーフやCDチェンジャーなどを装備したELX-Plusの設定がありました。

サイドエアバッグやカーテンエアバッグなど、安全装備にも死角はありません。 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/528926/

フィアット・2代目ムルティプラのボディタイプとグレード

ここでは日本仕様のムルティプラの前期型について紹介します。 全長 4,005mm(本国仕様3,999mm)
全幅 1,875mm
全高 1,670mm
ホイールベース 2,665mm
トレッド 前/後 1,510mm/1,510mm
車両重量 1,360kg
乗車定員 6人

最小回転半径 5.5m

エンジン 水冷直列4気筒DOHC16バルブ
排気量 1,596cc
ボアxストローク 80.5 x 78.4 mm
圧縮比 10.5
最高出力 76kW [103ps] / 5,750rpm
最大トルク 145Nm [14.8kg-m] / 4,000rpm
燃料タンク容量 61L

変速機 5MT
サスペンション前/後 マクファーソンストラット / トレーリングアーム
ブレーキ前/後 ベンチレーテッドディスク / ディスク
タイヤ前/後 185/65R15 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/wxg7vc/



フィアット・ムルティプラを中古で探すなら?

初代の600ムルティプラはヒストリックカーの領域に達したモデルです。運が良ければ中古車情報サイトに掲載されているのを見掛けることもありますが(この記事の時点で数台確認できます)、好みの仕様と合致するかは分かりません。

この様なモデルは所有後もメンテナンス等でオーナー間での情報交換が大切です。休眠状態のSNSも含めて、色々なコミュニティを覗いてアンテナを立てたり、実際に所有されている方に話を聞いてみることをおすすめします。

2代目のムルティプラは一定の台数が生存しています。使い勝手の良さから走行距離が伸びている個体も多いのですが、前述の通り30万キロ近く走った例もありますから、是非良い縁を探してみてはいかがでしょうか。

フィアット・ムルティプラのまとめ

駆け足でムルティプラについてまとめてきましたが、いかがでしたでしょうか?

ミニバンとして非常によく出来たムルティプラ。実際に手に入れずとも、その成り立ちやパッケージングについて知ることが出来れば、今後のクルマ選びのモノサシとして、一役買ってくれるかもしれません。 出典: http://en.autowp.ru/fiat/multipla/77270/pictures/408882/