【ポルシェ959】怪物の時代が生んだスーパーロードカー

何かと世知辛いことばかりが目に付く昨今、スポーツカーなんてものは、およそ無用な贅沢品と称される時代です。そんな今、あのポルシェAGが送り出す高性能車でも、そのハイテクさゆえに、車よりむしろ、家電製品やゲーム機に近い印象で仕立てられているようです。でも、車好きの男子たるもの、もっとゴリっとガツっとくるマシンに憧れるのは必然。今回は、その分野の代表と思しき、ポルシェ 959に関する事を振り返ります。

959は戦うクルマ

その当時、ポルシェの未来を具現化した車として登場した、ポルシェ 959。前後駆動力配分4WDや2つのステージに分かれた過給機など、時代を先取りした技術満載のこの一台は、コンペティションの世界で活躍することを、念頭に置いて開発された車です。そして、彼が当初目指した戦いの舞台はWRC、世界ラリー選手権でした。

大幅な規制緩和、それはグループB

事情はさまざまあるのでしょうけれど、ここ数年、世界ラリー選手権の北海道ラウンドが開催されていなく、F1と同じ格式の自動車競技が一つ、日本の社会から排除されたようになっているのはとても残念ですし、ちょっと心配でもあります。WRCでは、ばっちり改造、というかむしろ、作り直すようにしたマシンを、一般の道路を含めたフィールドで相当速く走らせることもありますので、この世界に興味のない人々にとっては、週末に首都高速や箱根の山道を暴走している車と、大して違わない迷惑行為のように見えてしまうのかもしれません。
まぁ、WRCなどの正規の自動車競技になると、けっこう厳しい車両規定というのがあって、車への細工を、思い付きで適当にやってしまうことは許されません。とは言うものの、その規定も時代や一部の政治・経済からの要請によって、何度か変容してきたのも事実です。その変化の中で生まれた一つの車両規定が、グループB。想像を超える程のモンスターマシン達を、世界選手権の舞台へと送り込む発端となる、とても大きな規定変更でした。
この、国際自動車連盟(FIA)が1982年に行った、ラリー車両規定の大改革は、良くも悪くも、自動車の歴史に残る一台エピソードと言えるはずです。そしてこの変革が、時のポルシェのエンジニア達を、かなりインスパイアし、そのあと翻弄してゆきます。

911の皮を被ったオオカミ

1980年代にもなると、ほぼ、味わいつくされたと評してもよかった、ポルシェ911の古いコンセプトが、ちょっとした曲がり角を迎えていたと言います。ポルシェ社としても、一般的なマーケティングを考えれば、居住性とパフォーマンスの両立を果たした、944や928のFRスポーツを推してゆくべきだったのは明らかでした。しかしそれは同時に、911系列の存在が故に同社を愛する、膨大な数のファン達を大いに落胆させるかもしれません。
ならば、911をどうするか? このブランドに、当時、あらんかぎりの技術を投入して究極の進化をさせる、そんな決断を促した大きな外的要因が、グループBで活況を呈しているWRCへのチャレンジだったことは、疑う余地も無いでしょう。当時のWRCカーが要求する技術要素を全て盛り込み、911の外観イメージを流用したモンスターマシン、959の企画が立ち上がったのは、そんな時代のことでした。

多くのメーカーの参戦意欲を書き立てた、グループB規定とは?

WRCカーは、基本的には市販車の改造車両を想定しています。つまり、その参加マシンは、最低限度数を一般市場に供給した製品を基にしていなければいけないのです。その事を証明するために、ホモロゲーションと呼ばれる公認基準が存在します。
1981までのWRCでは、グループ4と呼ばれるトップカテゴリーがあって、その公認規定によれば、「連続する12ヵ月に400台生産実績のある車両」、がベース車両の条件となっていました。逆を言えば、それが商業的にはいくら赤字になるスーパーマシンでも、メーカーが400台分の負担を背負う気になれば、WRCへ投入するためのベース車両として開発できる、ということを意味します。言ってみれば、プロトタイプのような実験的マシンを、厳しいWRCの舞台で鍛え上げ技術を磨くことが、この段階でもすでに許されていたというわけですね。
そして、ポルシェ社が959のプロジェクトを立ち上げた1981年に、FIA(実際にはFISA)が打ち出したグループBの構想は、先に記した生産台数をさらに半減、「12ヵ月に200台」だけ製造すれば、WRC参戦の公認車両として認めるものでした。元から赤字覚悟のプロジェクトではありますが、その範囲が半分になると言うのはメーカーにとっては朗報、ということで、アウディ、プジョー、ランチアなどのカーメーカーが、次々とスペシャルカーを投入していった訳です。
そして、我が959もまた、その舞台へ躍り出ることを心に誓いつつ、その力を蓄えていったのですが、ポルシェ社が限定200台の生産体制を整えた、ちょうどそのころ、グループB規定が内包していたさまざまな問題がとりだたされはじめ、1983年に本格施行されてからたったの4年間で、この車両規定は廃止に追い込まれてしまったのです。このため、WRC参戦歴がないまま、ポルシェ 959は活躍の場を別に求める必要に迫られます。



超高速でも超安定、ポルシェ 959の力とは?

当時の自動車ハイテク技術を集結して作り上げられた、ポルシェ 959。今でも語り継がれるスーパーカーの、その中身をちょっと調べてみましょう。

その車体

見て解る通り、959のベースは911で、フロントのウィンドシールドの角度から、サイドに見られるドアの形状だけでなく、コクピットに座った時の印象すらも、911を強く想起させたと言います。しかし、そのボディーのほとんどはケプラーなどの新素材を用いていて、金属製なのは2枚のドアとボンネットくらいのもので、市販されたロードバージョンの装備重量は、強力な四輪駆動システムを含んでも1,587kg程度です。車体の底面全体をパネルで覆い、また、リアにあるトンネル形状をした独特なウィングなど、さまざまな空力処理によって、空気抵抗係数Cd=0.31を達成していました。
そういった全ての工夫が相まって、例えばドイツのアウトバーンで最高速度にチャレンジしたとしても、ロードバージョンの959は、車体周りに揚力が発生することはないのだそうです。

その動力

959のエンジンの出所もまた、レースの世界です。ポルシェと言えば水平対向エンジンですが、959が採用したものは911の発展版ではなく、当時ル・マン24時間レースなどを含む耐久選手権、WECに出場していたグループCマシンの、962Cに使用していたものをデチューンし、搭載しています。排気量2,848ccというこの水平対向6気筒エンジンは、実はヘッド部分のみ水冷でシリンダー他はすべて空冷、という、未来からやってきた車の中身としては、やや古い感じを残したパートでもあります。
しかし、このパワーソースの面白味は、当時のポルシェ技術陣がラリー用に、そしてロードカー用に取り入れたターボ加給システムでしょう。それは、低速と高速、それぞれのステージに一つのタービンを備えた、シーケンシャル・ターボと言われるものだったのです。
その仕組みは、と言うと、まず、エンジン回転数が低い段階では、低速用のタービンに全ての排気ガスが導かれます。この加給が立ち上がるのが1,500rpmくらいからで、この加給状態において回転数3,000rpmの時、最大の加給圧は14.5 psiに達し、最高で4,300rpmまで同じ状態が継続します。そして、エンジンがさらに高い回転領域に入ると、第2段階のターボ過給機が立ち上がりエンジンの最高パワーに必要な吸気を確保します。この2つ目の加給が加わる瞬間は、エンジンの眠っていた部分が目覚めたのでは、とさえ思わせる加速感を味わえたそうです。
そうして到達するエンジンの最大出力は、444hp / 6,500rpmで、最大トルクは51kgm / 5,500rpmで、最高時速は300km / 時を超えます。

その足まわりと駆動力

前235、後ろ255の幅広タイヤは、前後ともダブルウィッシュボーン式のサスペンションにより、常に適切に路面に押し付けられます。このサスペンション機構には、ドライバーが3段階の内から選択できる、車高調性機能も備わっており、それはダッシュボードのノブを回すことで可能でした。その設定は、走行速度が80km / 時を超えると自動的に最も低いセッティングに戻ります。さらに、タイヤの空気圧は、ポルシェ&ボッシュの共同開発だという、空気圧監視システムによって管理されていて、タイヤが不適切な状態に置かれれば、ドライバーにはアラームが表示されました。
そして、ポルシェ 959を象徴するのが、それらの足回りに駆動力を伝えるシステムでしょう。世界ラリー選手権のグループBで王者を目指した車としては当然とも言える、先進的なフルタイム4WDシステムが与えられていたのです。PSKの名称が与えられた、コンピューター制御のこのシステムは、停止状態からのフル加速時には、後輪に80%、前輪に20%の駆動力を配分し、最大限のトラクションを稼ぎ、この配分は走行状態によって最大で50:50でバランスします。959のコクピットには、駆動制御モードを選択するためのダイヤルがあって、ドライ路面、ウェット路面、雪もしくは氷結路面、そして、デフロック、の4つからドライバーが設定できます。
1986年のスーパースポーツカーである959は、トランスミッションとしては6速マニュアルのみの設定でした。そのローギアは、非常にギア比の大きい駆動重視の設定となっています。

とうとう見つけた活躍の場

その生涯で、たかだか300台に満たない台数しか製造されなかったグループBベース車両、ポルシェ 959。その希少性から、世界中の金持ちが高額オファーで購入しようとしていても、やはり、速さを追求するコンペティションの世界に挑戦するのが、最大の目的です。その目標が一度は絶たれたポルシェAGですが、当時最高峰のポルシェであったこの車に、別の利用価値をみつけます。それはやはり、過酷な条件下に置かれる競争への挑戦がテーマでした。

クルマを鍛え上げる絶好の舞台、それはパリダカ

まず、ポルシェ 959が目を向けたのは、メーカー、ドライバー、そしてマシン自体にとっても、間違いなく世界一過酷な状況を提供してくれる、パリ・ダカール・ラリーでした。
実は、ポルシェとしては959が成立する以前から、四輪駆動車の開発は行っており、911のシャシーに944から流用したドライブシャフトを通し、車体後ろのエンジンから前輪へと駆動力を伝える方式の、953と呼ばれるマシンで、1984年の同ラリーへ投入、それなりの成績を上げています。そして、959の名前が登場するのは1985年のパリダカでしたが、このマシンも完成形態ではなく、いわば959のプロトタイプのようなものでした。したがって、出走した3台とも途中リタイアに終わっています。
そして翌1986年、とうとう本物のポルシェ 959がパリダカにエントリーしました。伝説的なロスマンズのカラーリングを身にまとい、大型のタイヤに車高を砂漠走行に合うよう持ち上げられていながら、古典的なレイド車両とは一線を画す、スポーツカータイプであるこのマシンのパフォーマンスは圧巻で、レネ・メッジ/ドミニク・ルモイヌ組は総合優勝、ジャッキー・イクス/クロード・ブラッスール組も2位に入る大活躍を演じ、ポルシェのサポートエンジニアである、ローランド・カスモールが運転した3号車も、総合で6位に食い込みます。
この過酷なラリーでの成功は、ポルシェ 959の市販化を強く後押ししたのは言うまでもありませんが、同時にポルシェAGの経営陣にとっては、一つの区切りとなったようです。この後、959の向かう先は閉鎖したサーキット内で行われる、もう一つの舞台へと変わってゆきました。

集大成はル・マン24時間レース

1980年代、多くの日本人にとっては、モータースポーツの代名詞と言えば、セナプロのF1だったでしょう。しかし実は、グループC規定のプロトタイプカーで競われる耐久レースも、参加するメーカーと観客数両方の意味で、かなりな活況を呈していました。そのシリーズの代表が、なんと言ってもル・マン24時間レースを含む世界戦、FIA世界耐久選手権(WEC)です。そして、その分野で最も大きな存在感を放っていたのは、やはりポルシェだったと思います。
本来ポルシェには、956、さらにはその進化型の962C、というプロトタイプカーがあり、世界選手権とル・マンでの優勝を常に競っていました。だから当然ポルシェ社は、ル・マンの過酷さを身に染みて理解していた訳で、だからこそ彼らは、スポーツカークラスへと4WDの959を投入してみようと決断したのだ、そう思います。実際にポルシェがル・マン用に用意したGTカーは、ポルシェ 961と呼ばれていましたが、1986年に参戦したそれは、まさに959のレーシングバージョンです。
外観としては、リアウィングの大型化、11インチホイールに対応したフェンダーの拡幅などが印象的です。エンジンは、その加給圧を19psiまで高めて、圧縮比9.5から最大で680hp / 7,500rpm(レース時640hp)にも達するというパワーアップが施されています。ターボチャージャーは、水平対向エンジンの左右にそれぞれ一つずつの、ツインターボ方式が採用されました。そしてもちろん、サーキットにおいても最大の効率でそのパワーを使い切ったのは、あの先進の4WD技術、PSKだったことは言うまでもないでしょう。

四輪駆動レーシングカーの未来を拓いた959

自動車の歴史の中で、もともと4WDシステムというのは、軍用車や運搬車両のための機構でした。959にさきがけたアウディーがフルタイム4WDを実用化していましたが、それもWRCで勝利するための技術でした。そんな中で、1986年のル・マンへ、ポルシェが先端的な駆動力配分機能付きの4WDマシンを投入したのは、大きな話題になったと言います。
そして、一部一般道路を使用しつつ行われ、24時間のレース中には天候の変化も十分あり得るという、世界一過酷なレースを舞台に、959ベースのGTマシンである961が、実質初出場ながらクラス優勝をかっさらい、そればかりか、トップクラスのプロトタイプカーである、グループCの間にも割って入る総合7位という成績を収めたのは、やはり衝撃的な出来事でした。
21世紀に復活した世界耐久選手権において、919という4WDプロトタイプカーを開発・投入し、またもや覇権を握りつつあるポルシェですが、それが、前輪をモーターで駆動する4WDのハイブリッド車であると言っても、基本の技術には、あの年の959に採用されていたシステムからの血筋が、受け継がれているはずです。もちろん、カレラ4、4Sといった市販スポーツにも、959の影響は少なからず残っているでしょう。
そんな風に、一度は大きな栄光を掴んだポルシェ 961のGTマシンですが、再挑戦した1987年のル・マンでアクシデントに見舞われ完走を逃し、それ以後、レース参戦はなくなりました。



まとめ

ほぼ間違いなく、もうじき自動車がラジコンモデルのような存在になる、そんな時代が到来するでしょう。そして、そんな時がくれば、ユーザーのほとんどは、車を移動の手段としてしか考えなくなる事でしょう。時代の要求といえばそうで、抗いがたい部分もあるとは思います。だとしても、文化としての自動車の存在が、何か大きなものを失うのも事実です。
たしかに、ポルシェ 959のような車を、たかだか200台組み立てれば、あとはそれを改造し放題でモンスター級の車に生まれ変わらせ、WRCのような競技にエントリーできたあの頃は、常軌を逸していたと言えますし、事実上、いくつかの悲劇もそこで起きています。
だとしても、メーカーも一般市民も、それぞれが何か思い切ったことをできる、他が考えない大きな変化を生み出してやろう、そんな姿勢が許されるような風が吹いていたのも、959が生まれた時代の特徴だったのではないでしょうか。 【基本情報(参考データ)】
名称:ポルシェ 959
エンジン排気量:2,848cc
エンジン出力:444hp / 6,500rpm
エンジントルク:51kgm / 5,500rpm
全長:4,260mm
全幅:1,840mm
全高:1,280mm
重量:1,587kg
ホールベース:2,300mm
サスペンション:ダブルウィッシュボーン(前・後)
駆動方式:前後駆動力配分付きフルタイム4WD
総生産台数:300台弱

Porsche 959 日本公式
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