ポルシェとスバルがこだわり続ける水平対向エンジンのメリット

水平対向エンジンとはどんなエンジンでしょう。世界中に自動車メーカーはたくさんありますが、水平対向エンジンを製造しているのはポルシェとスバルだけです。しかもポルシェはスポーツモデルのすべて、スバルは全車種に水平対向エンジンを採用しています。なぜそこまでこだわるのでしょうか。マイノリティに見えるこやつを検証してみましょう。

水平対向エンジンって?

出典: http://www.subaru.jp/
水平対向エンジンとは、クランクシャフトを中心に左右それぞれに水平にシリンダを配置し、お互いのピストンが向き合うように作動するエンジンのことです。言葉で書くとピンときませんね。“左右それぞれに水平に配置し”ということは、両手を水平に挙げた状態と同じです。“ピストンが向き合うように作動する”とは、左右のピストンが左右対称の位置にあるということです。左右同時に下がり(クランクに寄り)、左右同時に上がる(クランクから離れる)、の繰り返しということです。この作動がとても重要で、向き合っていない場合はたとえ水平配置でもV型の扱いです。水平はV型じゃないじゃん!と言う声が聞こえてきそうですが、これは左右のピストンの動き方が重要で、角度は問題ではありません(便宜上180°V型と呼びます)。ちなみに、この“対向”の動きがボクシング選手が打ち合う姿に似ているとして、ボクサーエンジンと呼ぶこともあります(スバルの“B-4”はBoxer4の意味です)。



水平対向エンジンの歴史

では、水平対向エンジンはどのような背景から生まれてきたのでしょう。その歴史はとても古く、大衆車という概念が生まれた頃までさかのぼります。第二次世界大戦以前、まだ車がほんのごく一部の人のための乗り物で、大きく、重く、実に扱いにくい乗り物だった時代です。そんな時代に“いつかすべての国民が自動車を持てるような国にしたい”という想いを抱く設計者がいました。その想いは、意外な人の思惑に乗せられて実現へと向かうのです。

初めての量産車

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研究開発の仮定で生まれた試作機を除けば、世界で初めて量産された水平対向エンジンを積む車は、フォルクスワーゲンタイプ1です。“ビートル”と呼ばれたあの車です。平成の時代になってから“ビートル”という名前の車が販売されていますが、こちらは水平対向エンジンではありません。元祖ビートルの誕生は1938年。ドイツの設計者フェルディナント・ポルシェ博士が長年抱いていた「小型高性能大衆車」構想と、ナチ党首アドルフ・ヒトラーの大衆構想とが結びついて実現しました。当時、もっとも進歩した小型乗用車であり、長年にわたって世界的な自動車市場の第一線で競争力を奮った車です。構想は1920年ごろからと言われていますから、ポルシェ博士は約100年も前に水平対向エンジンの優位性を見いだしていたのですね。

後発車たち

フォルクスワーゲンの後を追うように数々の水平対向エンジン搭載車が発売されます。ポルシェは自社を立ち上げ356から911シリーズへと発展させます。ヨーロッパでは、新たにデビューする小型車はこぞって採用していました。代表的なところでは、シトロエンが2CVからGSまで、アルファロメオもアルファスッドから145まで採用しました。日本でも、愛知機械工業のコニーを代表にたくさんの軽自動車、トヨタパプリカ、スポーツ800なども水平対向エンジンを搭載しています。

現行モデルでは

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現行車輌では、ポルシェはスポーツカー(911・ボクスター・ケイマン)すべて、スバルは生産している全車種に採用しています。それと、一部のオートバイメーカーが採用しています。

ではメリットをみてみましょう

では、水平対向エンジンのメリットを探っていきましょう。

メリットその1 振動

エンジンがが回転すると、振動が発生してしまいます。爆発による振動と、回転による振動です。特に回転による振動はやっかいです。通常は、クランクシャフトにカウンターと呼ばれるおもりを取り付けて、振動を打ち消すように作用させます。ところが、水平対向エンジンは左右の動きが完全に向き合っていますので、お互いに打ち消し合ってくれます。これはとても大きなアドバンテージになります。重たいカウンターを外せるわけですから、クランクシャフトが軽くなります。想像してみてください。手ぶらで腕を振り回すのと、水の入ったバケツを持って腕を振り回すのでは天と地ほどの差がありますよね。逆に、回している手を止めるにも軽い方が速く止まります。つまり、エンジン回転の起ち上がりが速く、エンジンブレーキの効きも良い、理想的な状態にできるわけです。

メリットその2 高さ

水平対向エンジンはシリンダーが横に寝ていますから、高さを抑えることができます。背の高さで言えば、水平対向エンジン=180°V型エンジン<V型エンジン<直列エンジンとなります。背が低いと何が起きるでしょう。たとえば初めての採用車であるフォルクスワーゲンタイプ1では、エンジンフードをばっさり切り落とすことが出来たので、とてもスマートなリヤエンドデザインになりました。後のタイプ2(バスやワゴン、トラックタイプ)では、エンジンの上が荷室になっています。空間を有効に利用できるわけです。つまり、背が低くなれば、デザインの幅が広がります。フロントにエンジンを搭載する場合は、ボンネットの位置を下げられますので、よりスポーティなデザインが可能です。トヨタとスバルの共同開発車であるBRZ/86が良い例です。ポルシェはリアエンジンですが、これも同じくエンジンフードの位置を下げられますので、低く地を這うデザインを可能にしています。

メリットその3 重心

エンジンを構成する部品で一番重たいのはクランクシャフトです。その次はシリンダヘッドでしょう。エンジンの上に乗る部品です(ヘッドというくらいですから)。さらに吸排気に関わるインテークマニホールド・エキゾーストマニホールド・インダクションボックスなどの部品達がシリンダヘッドを取り巻きます。つまり、付随する部品まで合わせると、シリンダヘッドまわりが一番重量がかさむことになります。水平対向エンジンは、そんなシリンダヘッドを下へ降ろすことが出来るのです。クランクシャフトと同じ高さまで降ろすことができますので、他のどのエンジン型式よりも低い重心位置を実現できるのです。重心位置を下げることができれば、それだけ運動性能が上がります。カーブを曲がるときに、頭が重たいほど外側に振られますので、重心が下がればコーナリング中の安定性が上がるわけです。

メリットその4 長さ

さきほどクランクシャフトが一番重たいと書きました。“メリット1 振動”の項で書いたとおり、振動を消すためのカウンターが拍車をかけています。水平対向エンジンはカウンターが要りませんので、すでに他の形式よりも軽いのですが、さらに軽くなる要素があります。たとえば4気筒で考えてみましょう。直列配置の場合、シリンダの直径×4+アルファの長さが必要ですが、水平対向エンジンの場合はシリンダの直径×2+アルファの長さを左右に配置すればよいのです。つまり、クランクシャフトの長さ=エンジンの長さを抑えることができます。その分軽量になりますし、エンジンが短くなれば配置の面でもアドバンテージが生まれます。

メリットその5 冷却

水平対向エンジンは、シリンダを左右に振り分けているので、前面投影面積が大きくなります。ちょっと難しい言葉でしたね。正面から見えている面積が多いということです。それは風に当たる面積が多いということに外なりません。ほぼすべての車が水冷エンジンですが、それでも冷却に苦労することに違いはありません。たとえば直列4気筒の場合、間に挟まれた2番・3番は両端の1番・4番よりも冷えにくい傾向にあります。でも水平対向4気筒エンジンの場合は、2気筒ずつ左右に振り分けられるので、挟まれるシリンダがありません。つまり冷却に関してナーバスになる必要がないということです。軽飛行機(セスナ機)のエンジンはほとんどが空冷の水平対向エンジンです。振動も出ないしよく冷える、飛行機にとってこのうえない条件ですよね。戦闘機の場合は、水平対向を発展させた星形(グルっと1周エンジン)ですが、理由は全く同じです。



デメリットはないのか

さて、ここまで一通りのメリット、つまり良いことばかり書いてきましたが、デメリットはないのでしょうか。そのこたえは“No”です。残念ながら、メリットばかりでデメリットがないことなどたぶん無いのでしょうね。水平対向エンジンにもデメリットは存在します。

デメリットその1 幅の拡大

たとえばエンジンの排気量を増やしたいとき、その方法は2つあります。ひとつはピストンの直径(ボアといいます)を大きくする方法。排気量はピストンの面積×ストローク量ですから、ピストンの直径が増えれば排気量も増えます。もうひとつはストローク量を増やす方法です。ピストンの直径はそのまま、往復する距離が増えれば排気量が増えますね。ピストンの直径を広げると、エンジン自体の長さが増えます。ストロークを延ばすとエンジンの背が高くなります。それぞれに性格(特性)も変わります。いろいろな要素を鑑みながら、ボアとストロークのサイズを決めなければならないのです。では、水平対向エンジンに目を向けてみましょう。シリンダが水平に寝ていますので、ストロークを延ばす=エンジンの幅が広くなります。シリンダが立っているエンジンでしたらボンネットを少し持ち上げるとか、わずかに寝かせるとか、調整の方法があります。ところが水平対向エンジンの場合は、エンジンルームの幅を広げる他に方法がありません。つまり、他のエンジン型式に比べてストロークの長さに制限があるということです。実際、ポルシェ911が3.0Lになったときは、リヤタイヤを外側へ逃がすことで回避しています。

デメリットその2 配置の制限

水平に寝ているシリンダに対して、混合気と排気の流れる方向が限られてしまいます。大衆車がデビューしたころ、混合気をつくる気化器はキャブレターでした。霧吹きの原理でガソリンを霧状にして空気と混ぜるものです。シリンダが立っている型式でしたら、吸排気の経路は水平方向です。ところがシリンダが寝ている場合、吸気は上からに限定されます。ターボなどの過給器があればその限りではありませんが、自然吸気の場合は下から吸い上げることは困難です。つまり吸気は上から、排気は下からしかできないのです。エンジンルームにはその他の部品もたくさんありますから、それらすべての配置を考えながら設計しなくてはなりません。吸排気の取り回しに関して自由度が下がることは、エンジンルーム内の設計にある程度の制限がでるということです。

デメリットその3 重力との戦い

エンジンが動いているとき、シリンダの内面とピストンは擦れ合っています。厳密に言うとピストンリングという部品がシリンダに触れています。ピストンリングはとても硬い素材でできていますので、こすり続けるとシリンダがすり減っていきます。すり減ったシリンダは、ボーリングと呼ばれる作業を行って修正します。シリンダが立っているエンジンでは、この消耗はシリンダ内面に対して均一におこります。でもシリンダが寝ている水平対向エンジンでは、ピストンにも重力がかかるため、シリンダの下側がすり減りやすくなります。均一にすり減っている場合はボーリングでの修正が比較的簡単ですが、偏ってすり減っている場合は、ボーリングでの修正が難しいこともあります。

まとめ

いかがでしょう。水平対向エンジンについて理解を深めて頂ければ幸いです。とりわけ、水平対向エンジンのもたらす低重心は、大きなメリットになります。低重心になって困る車は存在しないはずです。デザインの幅が広がるのも、設計者としてはありがたいことでしょう。個人的には、もっとメジャーなエンジンになって良いと思っています。スバルは全車種に採用していますよね。これは生産性を飛躍的に高めます。その結果、メリットを前面に押し出してのコストパフフォーマンスの高さにつなげています。ポルシェも基本的には同じです。多くの車種で共用することで、生産性をあげているわけです。新たに参入しようとするメーカーが出てこないのは、そのあたりが理由なのだと思います。莫大な研究・開発費用と新たな生産拠点や生産ラインに掛かるコストを考えると、単一車種では始めらることではありません。でも、好調な現行車種までを切り替えるようなリスクは負えない。そのようなジレンマから、新たなチャレンジャーが生まれてこないのかもしれません。