魅惑のボディタイプ「クーペ」歴史に残る33車種

馬車の一様式に由来する「クーペ」とは、現在では2ドアで屋根を持つ乗用車のことを一般に指しています。自動車の中でも嗜好性が高く、贅沢な存在とされるクーペの中でも、スポーツに特化せずに優雅さを追い求めたモデルを、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本から33車種紹介します。

キャデラック エルドラド

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威風堂々としたキャデラック エルドラドは、成功者の乗り物としてのキャデラックを象徴する大型・高級クーペでした。1953年の登場以来半世紀に渡って代替りし、初代で5.6mを超えていた全長も時代に合わせて徐々に小型になりましたが、1992年に登場した最終モデルでは5.1mオーバーの巨大なクーペでした。登場からちょうど50年目となる2002年に生産中止されました。



マーキュリー クーガー

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マーキュリー クーガーは、フォードが高級ブランドとして設置したマーキュリーの2ドアクーペでした。フォードの大ヒットスポーツカーであるマスタングをベースとしつつも、パワフルなマスタングに対して、大柄で優雅なスペシャリティーカーとして設定され、マーキュリーの代表車種となりました。後年小型クーペで名前が復活しますが、現在はマーキュリーブランド自体が消滅しました。なお、クーガーの綴りはCougerで、2016年現在フォードが発売しているSUVのクーガ(Kuga)とは発音が異なります。

メルセデス・ベンツ W111/W112 クーペ

第二次世界大戦後の混乱期を抜けたメルセデス・ベンツが、再び世界の高級車メーカーとしての存在感を発揮したのが、1959年に登場したW111と、そのエアサスペンション搭載仕様のW112でした。そのデザインはアメリカ市場を強く意識したと言われています。セダンは1965年に次の代に交代しますが、優雅なクーペは1971年までモデルチェンジせずに生産が継続されました。現在のSクラスにつながるモデルです。



BMW 2800CS/3.0CS

第二次世界大戦後のBMWは財政難を抱え、あわやダイムラー・ベンツの子会社になる一歩手前でしたが、ドイツの財閥クヴァント家の支援により、高級車メーカーとして立ち直りました。クヴァント資本家で最初にヒットした中型セダンのノイエクラッセ、そのクーペを発展させたモデルが2800CSと、そのマイナーチェンジ版の3.0CSです。また3.0CSは燃料噴射装置をインジェクションとした3.0CSi、軽量版の3.0CSLなどのバリエーションも生まれました。ドイツのコーチビルダー、カルマンが生産した流麗な車体は、今なお、その美しさからファンの多いモデルです。

フォルクスワーゲン カルマンギア

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1950年代、フォルクスワーゲンは代表的なタイプ1(ビートル)をベースとしたスペシャリティクーペを発売します。デザインはイタリアのコーチビルダーであるギア社が担当、生産はドイツのコーチビルダーであるカルマン社が担当し、結果2つのコーチビルダーの名前を並べたものが、そのまま車種名とされました。生産は長期に渡り、1975年まで生産されました。

アウディ クーペ

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戦前にドイツで発足した自動車メーカーであるアウトウニオンは1960年代にフォルクスワーゲン傘下に入り、過去のブランド名だったアウディを復活させ、メルセデス・ベンツやBMWが持っていた高級車市場へ切り込んでいきます。クーペは、アウディ復活後に登場した主力セダンの80をベースにクーペボディとしたもので、先進的な4WDであるクワトロシステムが最初に搭載されたことでも知られています。

ポルシェ 928

1970年代、ポルシェはリアエンジンの911に代わって、大排気量・大出力のグランドツーリングカーとして928を発売します。しかしその非常に先進的なデザインや、ハッチバックによる高い実用性にも関わらず、ポルシェファンは従来の911を支持したために、928は市場から受け入れられず、小変更を繰り返しながら1995年に生産終了しました。

オペル マンタ

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1970年にオペルが登場させたスペシャリティクーペのマンタは、同時期に登場した実用車であるアスコナと兄弟車でした。しかしその流麗なデザインは、他のオペルの実用モデルとは一線を画するモデルでした。初代のデザインには日本人デザイナーの児玉英雄も参加したと伝えられています。1975年にはスクエアなデザインにフルモデルチェンジしましたが、1981年には生産を終了、オペルのスペシャリティクーペは1989年のカリブラの登場までブランクが空くことになります。

プジョー 504クーペ

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1968年に登場したプジョーの中型自動車である504は、イタリアのピニンファリーナによるデザインの美しさで知られるモデルです。中でもそのクーペは、セダン以上に流麗なデザインで知られました。504のセダンとステーションワゴンんは1979年に後継の505にモデルチェンジされましたが、クーペボディは1983年まで生産が継続されました。

シトロエン SM

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シトロエンSMは、1970年代に前輪駆動にこだわるシトロエンが、究極の前輪駆動のグランドツーリングカーとして開発したモデルです。車体設計は当時のフラッグシップセダンであるDSを基本としつつも、DSが積んでいた戦前設計のOHVエンジンに代わって傘下に収めたマセラティが開発した強力なパワートレインを搭載、非常に高い動力性能も得ることができました。またシトロエン独自のハイドロニューマチックサスペンションを搭載、油圧仕掛けのセルフセンタリングステアリングや、ステアリング連動のヘッドライトも搭載されています。しかし北米の法改正による輸出困難やオイルショックの余波で、非常に短命に終わりました。

ルノー カラベル

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ルノーのカラベルは、ルノーが北米向けに開発したスペシャリティクーペです。ベースは当時販売されていたリアエンジンの4ドアセダン、ドーフィンでしたが、丸く愛らしいドーフィンに対して、優雅なイメージのボディをまとっていました。しかしルノーの北米進出は順調に進まず、後年ルノーは北米の大手自動車メーカーだったAMCの買収に舵を切ることになります。

パナール 24C

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かつてフランスに存在したパナールは、シトロエン同様に先進的な自動車メーカーとして知られていました。結局パナールはシトロエンに買収されブランドは消滅しますが、24はシトロエンに吸収されたパナールが最後に発売した車種となりました。2ドアクーペは24Cを名乗り、パナールの最後を飾る美しいモデルとして、その名が知られています。

ファセル ヴェガ

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第二次世界大戦前にフランスに多数存在した超高級メーカーの息吹を、戦後にも伝えたのがファセルでした。ファセルはコーチビルダーとして各自動車メーカーの車体を製造しつつ、北米市場を意識した大型クーペのヴェガを開発、エンジンはクライスラー製のV8を採用していました。ノーベル賞作家のアルベール・カミュが自動車事故死した際に乗っていたのも、このファセル ヴェガだったと伝えられています。

ジャガー XJ-S/XJS

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ジャガーはかつてパワフルなスポーツカーであるEタイプを発売していましたが、その後継車には、スペシャリティーカーとしての素養も持たされることになりました。ベースは当時主力のセダンであったXJで、車名はXJ-Sとされ、後年ビッグマイナーチェンジの際にXJSと改められました。1975年に登場したXJ-Sは、1996年まで生産される長寿モデルとなりました。

アストンマーティン(アストンマーチン)DB5

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イギリスを代表するスポーツカーメーカー、アストンマーティンのDB5は、流麗なデザインや、映画007シリーズでのボンドカーとしての活躍が知られています。単なるスポーツカーに留まらない存在感とデザインは、現在のアストンマーティンのデザインの礎ともなりました。

ベントレー Rタイプコンチネンタル

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1919年に発足、レースシーンで華々しいイメージを残したイギリスのベントレーは、しかし1931年にロールス・ロイス資本下に入って以降は、ロールス・ロイスの兄弟車・バッジエンジニアリング車を販売するブランドに収束していきました。1952年登場のRタイプもロールスのシルヴァードーンの兄弟車でしたが、ベントレー独自の派生車種として登場したのが2ドアクーペのRタイプコンチネンタルで、セダンのRタイプに対して軽量化され、ベントレー本来のイメージに違わないパフォーマンスを発揮しました。

ブリストル 411

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飛行機メーカーに端を発するイギリスのブリストルは、戦後BMWのイギリスでの生産を計画します。初期のブリストルはほとんどBMWそのものでしたが、その後はクライスラー製のエンジンを積んだ独自のモデルを開発してきました。ここで紹介する1976年から1989年まで生産された411をはじめ、歴代のクラシカルな印象のクーペは、他にない価値観を今日まで提供してきましたが、2011年に破産し、現在のブリストルは再編の最中にあります。

ボルボ P1800

ボルボP1800はボルボが開発したスペシャリティクーペで、500万キロ弱走った個体がギネスブックに登録されていることも知られています。1960年の登場後、しばらくはイギリスのジェンセンが車体の生産を行っていましたが、のちに完全な自社生産に切り替えられます。1972年には若返りをはかって新たにシューティングブレークの車体をまといましたが、市場の反応は芳しくなく、1973年には生産中止されました。

サーブ ソネット

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スウェーデンの航空機・軍事複合企業が擁していたサーブは、1956年から1974年まで、2座席のクーペをモデルチェンジしながら販売していました。スポーツカー的な外見ながら前輪駆動で、パフォーマンスを追求するよりもスペシャリティクーペとしての要素が強いモデルでしたが、主市場だと見込まれていた北米市場の法規改正などにより、その歴史に幕を閉じました。

フェラーリ 412

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スーパーカーブームの最中、それまでのフロントエンジンからミッドシップにフェラーリも転向する中で、フェラーリロードカーの原点たる2+2クーペでは、フロントエンジンのレイアウトが継続されました。1972年に登場した365GT4 2+2は、マイナーチェンジを繰り返しながら1985年に412に発展、1989年まで生産が続けられました。412はまたダフトパンクが所有し、映画「Human After All」にも登場、同車は東日本大震災での支援チャリティーでオークションで販売されました。

ランボルギーニ ハラマ

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ミッドシップレイアウトのスーパーカーであるミウラやカウンタックで、一躍有名になったランボルギーニでしたが、カウンタックのエンジニアであったパラオ・スタンツァーニが手がけたエレガントなクーペがハラマでした。全長約4.5mのコンパクトなボディに4.0LのV12エンジンを搭載、また2+2の広い室内空間も持っていたハラマは、しかしその地味さが仇となり、今日に至るまで、知名度はそれほど高くありません。

マセラティ メキシコ

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ジョヴァンニ・ミケロッティによる流麗なデザインのFRグランツーリスモは、1966年から1973年まで販売されました。メキシコという名称は、当時のマセラティのF1カーがメキシコグランプリで優勝したことに由来します。

ランチア フルヴィア・クーペ

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戦前から先進的な技術を誇ったランチアですが、1969年には経営不振からフィアットに吸収合併されます。フルヴィアはランチアが発売した最後の自社単独設計のモデルで、特にクーペボディはその美しさと、ラリーでの活躍で知られています。自動車評論家である小林彰太郎が評した、ランチアはイタリアの小さな宝石だという価値観を体現したモデルだと言えるでしょう。

アルファロメオ ジュリア・スプリントGT

1962年にジュリエッタの後継として登場したジュリアには、ジウジアーロのデザインによるスプリントGTと呼ばれるクーペボディが1963年に追加されました。グランドツーリングカーとして一級の性能を持つスプリントGTは、マイナーチェンジを繰り返し名前も変更しながら、1977年まで製造されました。

フィアット 124スポルト・クーペ

(写真はセダンの124) 1966年登場のフィアットの基幹小型車、124に1967年に追加されたのがスポルト・クーペです。手頃な価格と十分な性能から、日本でも人気のあるモデルでした。

トヨタ 1600GT

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スポーツ800(ヨタハチ)や、2000GTなどのスポーツカーを発売していたトヨタは、1967年に3代目コロナの2ドアハードトップをベースに、スペシャリティスポーツの1600GTを発売します。その成り立ちから、1600GTはコロGという愛称でも親しまれました。

日産 シルビア

日産シルビアは1965年に登場、美しいデザインはクリスプカットと呼ばれました。しかし高価格などが災いして売り上げは鈍り1968年には生産を終了、1975年の復活を待つことになります。

プリンス スカイラインスポーツ

1950年代に日本で最も進んでいたとも言われるプリンス自動車のスカイライン、そのクーペボディは1960年代、イタリアのジョバンニ・ミケロッティのデザインで登場しました。車体は手作りで、生産台数はわずか60台程度に留まると言われています。

ホンダ 1300クーペ

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本田宗一郎の空冷エンジンへのこだわりを体現したのが、1969年に登場した1300です。専用のフロントマスクを持ちスポーティーなイメージのクーペも追加されましたが、販売不振から短命に終わり、本田宗一郎引退の契機になったとも言われます。

スバル アルシオーネ

バブル前夜の日本、富士重工業は北米市場を睨んで、主力セダンのレオーネをベースとしつつも、極めて先進的な内外装を持つアルシオーネを発売しました。価格などからスペシャリティクーペ市場に割り込むには失敗したものの、後継車のアルシオーネSVXと併せて、今日でも注目度の高いモデルです。

マツダ コスモスポーツ

コスモスポーツは世界で最初にロータリーエンジンを搭載して量産されたモデルとして知られています。マツダのロータリーエンジンの歴史はここからはじまりました。

スズキ フロンテクーペ

主力軽自動車のフロンテの3代目をベースにしたスペシャリティクーペが、フロンテクーペです。原案をジウジアーロが担当したデザインは、近年のスズキの各車種のデザインモチーフとしても使われています。

三菱 ギャランGTO

ギャランGTOは1970年に登場、北米のスポーツカーのイメージを取り込みつつ、コンパクトでバランスの取れたハードトップクーペでした。1977年にはギャランΛ(ラムダ)にバトンタッチしますが、GTOの名前はバブル期にスポーツカーの名前としても復活しています。

まとめ

クーペは不景気や環境対策が叫ばれ、価値観が変わる中で、徐々に数を減らしています。昨今はハイブリッドカーの購入を夢見る人も多いと言われますが、しかし歴史的な過去のクーペに目を向けると、また自動車の存在自体が夢であった時代に想いを馳せることができるのではないでしょうか。