【クルマの歴史をプレイバック!】自動車史に燦然と輝く名車ライブラリー【迷車もあり♪】

人類が車を発明して以来、この世には数々の『名車』が生まれました。ロングセラーを続けるもの、素晴らしい性能をもったもの、歴史を変えたものなど沢山の車があります。もちろん、人によって自分なりの基準があったりすると思うのですが、今回の記事では特筆しても素晴らしい功績を誇った車たちを紹介し、後世に語り継いでいくための参考にしてもらえればと思います。それではクルマ史に燦然と輝く『名車』を見て行きましょう!

まずは車の歴史について知りましょう!

人間は過去移動手段において沢山の発明をしてきました。ただ歩くだけにも靴を発明しましたし、より早く移動できるようにと動物たちを飼いならしたりなど、飽くなき挑戦があり、それは今でも続いています。まず、はじめに移動手段としての最大の発明は「車輪」ではないでしょうか?
それは古代メソポタミアで紀元前5000年までさかのぼることになります。はじめは「ろくろ」として使われていましたが、紀元前3700年頃には貨車に使われ、その200年後には乗り物のパーツとして使われました。
これはそのうち馬車になり、1765年にワットが実用的な「蒸気機関」を発明すると、1769年にキュニョーが蒸気自動車を発明し1876年にはオットーがガソリンエンジンを発明。そして、1886年にベンツがガソリン3輪自動車を開発、ダイムラーがガソリン4輪自動車を開発して現在の車の歴史が幕をあけました。
かなり雑な説明になりましたが、現在の自動車の形は車輪から始まり、天才達によって作られてきました。その中では色々な失敗もありましたが、今の社会生活の一部は彼らによって作られたので、感謝してもしきれませんね!



Part1. ベンツの「ガソリン3輪自動車」

全てはここから始まったといっても過言ではないのが「ベンツ パテント モートルヴァーゲン(Benz Patent Motorwagen)」です。正確には車ではないかもしれませんが、はじめて内燃機関である「エンジン」を搭載し、人を乗せて運ぶことができたもので、間違いなく人類史に残るべき発明です。発明者は今でも「ベンツ社」として名前が残っているカール・ベンツ。
1885年のマンハイムの展覧会でテスト運行を行い、1986年の1月29日に特許を取得。この日ははじめて乗用車が登場した記念日とされているので、車好きの方はすでにご存知かもしれませんね!
発売した当初はこの車の出現に馬車業界はかなり怒り、さらに油漏れの多さからあまり評判は良くなかったともいわれています。しかし、その評判に対して怒ったベンツの妻であるベルタ・ベンツは、1888年に夫に内緒で、息子と共に世界ではじめてとなる、ガソリン自動車による長距離旅行に出発し、そしてはじめての交通違反者ともなりました。とても素敵な奥さんですね!

Part2. ダイムラーの「ガソリン4輪自動車」

「ベンツ パテント モートルヴァーゲン」と同じ頃に、ドイツの技術者であるゴットリープ・ダイムラーが開発したのは4輪の自動車「ダイムラー・モトールキャリッジ(Daimler motorized carriage)」。現在走っている車の祖先で、ベンツが「モートルヴァーゲン」を作った同じ年に作られました。なお、ダイムラーは現在のバイクの原型となる「Reitwagen」も製作しています。ビジネスパートナーだったヴィルヘルム・マイバッハと共に、今でも名前が「ダイムラー社」としてブランド名「マイバッハ」として残っているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
当初はハンドルが無くカーブを曲がるためには車体を傾ける必要があり、最悪転倒するという事態もあったようで、実際に幾度かそうなってしまったようです。また、1885年の公開デモンストレーションでは、見事に壁に激突し、世界ではじめてとなる交通事故を起しています。



Part3. 世界初の量産車「ド・ディオン・ブートン」

「ド・ディオン・ブートン(De Dion-Bouton)」はフランスの伯爵アルベール・ド・ディオンが作った自動車メーカーである「ド・ディオン・ブートン」によって世界初の量産車として作られました。1904年の1月から翌年4月の間に1,500台ほど生産され、当時のフランス貴族や富裕層によって使われ、これを機に自動車の普及が始まっていきます。現在でも実機で動くものがあるので、テレビや雑誌などで見たことがある人も多いかもしれませんね!
開発者の名前は現在でも「ド・ディオン アクスル(ド・ディオン式サスペンション)」といった形で残っているので、どこかで聞いたことあるかもしれません。大衆車ではありませんが、世界初の量産型自動車として「T型フォード」より先に紹介させていただきました。

Part4. 自動車文化を開花させて「T型フォード」

アイルランドの移民だったヘンリー・フォードが1903年に作った会社「フォード・モーター」が作った「T型フォード」は今の自動車業界以外にも政治や労働、インフラと多大なる影響を世界に与えた自動車で、世界でも最も有名な車となるのではないでしょうか? その生産数は1908年から1927年までに約1,500万7,000台というとんでもない台数でも裏付けられており、これは生産台数のランキングで2位です!(生産台数1位は「フォルクスワーゲン・タイプ1」で2,100万台以上)
残念ながら量産車の一番とはなれませんでしたが、それでも「マスプロダクション」という現在でも使われている流れ作業による生産をはじめて行った車として歴史に名を残しており、その点では世界初となっています。「フォーディズム」という言葉が作られたように、この車が20世紀に残した偉業は、計り知れないので、間違いなく歴史に残したい『名車』です!

Part5. 世界初のスポーツカー「イスパノ・スイザ3.5L」

車のカテゴリーで○○カーといえば真っ先に思い浮かぶのがスポーツカーではないでしょうか? 最も古い自動車のカテゴリーの1つで、娯楽という意味での車の最たるものといってもいいでしょう。それでは、世界で始めてその名で呼ばれた車はなんでしょうか? 
それが「イスパノ・スイザ3.5L」で、スペインで作られました。開発した「イスパノ・スイザ社」は元々スペインで「ラ・クアドラ社」として設立、その後フランスに移った際に名前を変更し、現在フランス企業の傘下として自動車やエンジンの設計などを行っています。
「イスパノ・スイザ3.5L」が作られるまではアルファ・ロメオ6C、イソッタ・フラスキーニ、トーマスフライヤー、スタッツ・ベアキャットといったレース車がその座にいたわけですが、ただ早い車というカテゴリだったのでスポーツカーとして登場したのはこの車が初めてとなっています。

Part6. 最も作られた車「フォルクスワーゲン・タイプ1」

「フォルクスワーゲン」と聞けば誰もがすぐに頭に浮かび上がるのが、ずんぐりむっくりした体系に可愛い目玉のようなライトを持ったこの「フォルクスワーゲン・タイプ1」ですよね。愛称である「ビートル」はさらに有名かもしれません。世界で最も生産された車としても有名で、1938年に生産されて以来、2003年にメキシコ工場で最後の一台が生産されるまでに65年以上も作られ続け、その台数は実に「2152万9464台」にもなります。
未だにその人気は全く衰えておらず、世界各地で走り続けていますので、日常生活を送っているだけでも目にすることがありますよね! 1998年からは新しいタイプである「ニュービートル」も発売され、世界で最も作られた車は、世界で最も愛される車として現役でがんばっています!
作られたのが第二次大戦中のドイツということで、色々なこともありましたが、戦後のドイツの復興を助け、今でも世界的な国民車ということで間違いなく『名車』なのではないでしょうか?

Part7. スーパーカーの代名詞「カウンタック」

スーパーカーブームといえば若い人には分からないかもしれませんが、凄く早くてカッコいい車は日本だけで人気がある訳ではなく世界中でブームを起しました。そして、その流れの代名詞となったのが、イタリアにある「ランボルギーニ社」が生んだ「カウンタック」です。イタリア南部の方言で「驚き」などを意味する名前の通り、そのスピードと斬新なデザインは驚きをもって迎えられました。
ターボなしで400馬力を超えるV型12気筒のエンジンや、最高速300km/hといったうたい文句は正にスーパーカーではないでしょうか。また、その未来的なデザインはそれまでの車とは全く違っていたので、なおさら衝撃的でした。ただし、空力的にはあまり正しくないので、デザイン重視となっています。
バーチカルドアの搭載や、フロントライトがボディ内に収納されているのも、話題になりましたね! ひとつの時代を築いた存在として歴史に名を残すのに充分な車だと思います。

Part8. 世界初の実用ロータリーエンジン搭載「マツダ・コスモ」

車のエンジンといえば、ピストンを使ったレシプロエンジンがそれまでの常識で、ベンツが世界ではじめて内燃機関をつんだ「3輪自動車」を作って以来、量産車として売られてきた車は、そのまままっすぐな進化を続けてきました。しかし、そこに1台の車が挑戦しました。それが「マツダ・コスモスポーツ」です。ただ、ロータリーエンジンを積んだだけなら、現在の「アウディ」が作った「ヴァンケルスパイダー」というものがありますが、とても実用的とは言えず、ある意味欠陥品という扱いでした。
しかし、そこでロータリーエンジンの特有だった問題を解消し、実用化した「マツダ・コスモスポーツ」は、瞬く間に有名になり、エンジンが作られて100年間の歴史に新しい一石を投じることになりました。
84時間耐久レースである「マラトン・デ・ラ・ルート」において完走し、ポルシェ・ランチアに次ぐ総合4位という好成績も残して、ロータリーエンジンの有用性を示したため、『名車』として相応しいと思います!

Part9. 世界初の量産ハイブリッドカー「プリウス」

異常気象や、資源の枯渇、地球温暖化など、人間が生活していると何かと自然環境には不都合なことが起こってしまうのは当然で、それを見過ごしていく訳にもいきませんし、だからといって文明生活を捨てるかといえばそれも非常に難しいですよね。そこで人間は科学技術の発展によって、それらの懸念を解消することにしました。
トヨタが1997年に発売を開始した「プリウス」もその答えの1つではないでしょうか? 世界初の量産型ハイブリッドカーとして登場し、いまや世界中で知らないドライバーはいない知名度を誇っており、環境保護活動などで有名なセレブが買っていたりするほどになりました。
出たばかりの頃はあまり有名ではなくその名が知られるようになったのは、2003年に発売された2代目からで、大ヒットとなっています。今では世界の93カ国で発売され、先進国でなら確実に目にするのではないでしょうか?
地球環境のことを考える時代に人間がはいったことを示す代表として歴史の名を残す『名車』として扱っていいと思います。

おまけ:時代を変えなかったけど、素敵じゃないかという「迷車」

1998年から発売されていた「フィアット」の「ムルティプラ」の2代目前期は特に時代を変えたわけでもありませんし、かといって欠陥があったというわけでもないのですが、その何ともいえない見た目から「迷車」として最後に乗せておきます。
なんといっても目に入るのが鏡餅のようなフロントグリルで、その外観は世界で最も醜い車としても、ある意味人気です! ただし、6つあるシートはすべて独立稼動し、運転席以外は全て折りたため、取り外しも可能ということで、乗る分には非常に優れています。本当に問題だったのは外見だけということで、お金に余裕があって、利便性を考えつつも、笑いに貪欲な方は購入してみてはいかがでしょうか?
これ以前のモデルである「600 ムルティプラ」も独特な外見をしており、非常に可愛らしいので、おすすめですよ!

まとめ

時代を変えた名車とおまけはいかがでしたか? 性能とか人気、話題性という部分とは別に、人間の生活に寄り添ってきた車というジャンルの中で新しい時代を作ったものを選ばせていただきました。他にも素晴らしい『迷車』は数多くあり、全て紹介できないのは残念ですが、何かの参考にして頂ければと思います。

それでは、安全運転を心がけて、素晴らしいカーライフを送ってください!